高音質ハイレゾ名盤

2017年6月16日

ハイレゾならではの音の洪水が実感できる

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壮大な指環物語で、音楽そのものの絶叫を味わう
『ワーグナー:楽劇《ワルキューレ》第1幕、楽劇《神々の黄昏》から「ジークフリートの葬送行進曲」』
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ジークリンデ:フラグスタート(ソプラノ)、ジークムント:スヴァンホルム(テノール)、フンディング:ミル(バス)

今回はとにかく凄い演奏をご紹介する。ワーグナーの『ワルキューレ』第1幕である。特に男性は、聴けば、心打ち震えるのではないかと思える音楽なのである。
リヒャルト・ワーグナー(1813-1883年)は、北欧叙事詩「エッダ」や北欧神話「ヴォルスンガのサーガ」、ドイツの叙事詩「ニーベルンゲンの歌」などにヒントを得て、構想から数えると26年もかけて、4話にわたる『ニーベルングの指環』を音楽ドラマとして書き上げ、「楽劇」と名付けた。

「楽劇」とは、メロディーそのものに物語におけるそれぞれの意味をもたせて、人物の深い心の動きまでを音楽にしてしまおうという、壮大な試みであった。

長大な世界が繰り広げられる『ニーベルングの指環』の物語。中身を全部聴くと、16時間超もかかる。そこで、クラシックの中でも最もハードルの高い難解な作品として孤高の位置をしめている。

しかし、本当に難解なのだろうか? 今回ご紹介する楽劇『ニーベルングの指環』4部作の2作目『ワルキューレ』。その第1幕の冒頭「前奏曲」を、何の予備知識もなく聴いたとしても、そのメロディーは実にわかりやすい。

オーケストラによって繰り広げられるページェントに、まさに驚かされる。ハイレゾでの聴き所は、トラック1。コントラバスの低音楽器群によって始まり、1:46からはホルンやワーグナー・チューバといった金管楽器群がそれこそ咆哮したかと思うと、2:02から打楽器である2組のティンパニーが雷鳴のように轟く。そのあまりの凄みのある推進力に、絶望の淵から沸き立つように自然と心高ぶり、血が騒ぎ、明日への活力が湧くこと請け合いである。このわずか約4分の凄みのある音楽こそ、ワーグナーが私たちに提示した大いなるドラマの始まりを予感させるものなのである。

楽劇『ワルキューレ』は、前夜『ラインの黄金』に続く、『ニーベルングの指輪』の第1夜目にあたる。第1幕は上演時間が60分かかるが、登場人物は、主な配役だけでも20人以上を数える『ニーベルングの指輪』のなかにあって、わずか3人しかいない。きわめてシンプルにまとまっている。

ヴェルズング(狼)族のジークムント(スヴァンホルム:テノール)と、ナルディング(犬)族のフンディング(ミル:バス)にさらわれ、捕らわれの身となっているヴェルズング(狼)族のジークリンデ(フラグスタート:ソプラノ)。このジークムントとジークリンデは、二人の目が似ていることから、双子の兄と妹なのだということがわかり、やがて愛し合うようになる。二人はノートゥングと呼ばれる剣を抜いて、フンディングのもとから愛の逃避行をはかるというのがストーリーである。

人間による歌が加わるトラック2からトラック14にかけての楽劇『ワルキューレ』第1幕の残り約55分は、楽劇の特徴である同じメロディーが何度も繰り返される事もあって、ストーリーも単純なだけに、ドイツ語で歌われているが、聴き込むほどに音楽がわかってきておもしろくなってくる。

それから『ニーベルングの指輪』の物語がざっと8時間以上経過した最終話、楽劇『神々の黄昏』で、ジークムントとジークリンデとの間にできた子が成長をとげ、英雄ジークフリートとなっている。彼の弱点は背中であることを知ったニーベルング族のハーゲンにより、ジークフリートは非業の死を遂げるのだった。

ジークフリートの死というときの前に演奏される音楽「ジークフリートの葬送行進曲」(トラック16 演奏時間7:31)を聴いてみたい。冒頭0:00から5:54にかけての打楽器とコントラバスによって、序々にしかし確実に到達する盛り上がりとともに、胸に直接たたきつけられる音楽である。続く金管楽器であるトランペットのファンファーレとともに、大きな安心とカタルシスとを感じることができる。あまたあるクラシックのなかでも、これほど興奮させれられてしまう音楽はそうそう聴くことができないと思う。

演奏しているのは、ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965年・ドイツ)という、ワーグナーにかけては最高と常にいわれた大指揮者、そしてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。録音会場はウィーンに以前あったゾフィエンザール。1957年10月のアナログの名録音であるが、今回ハイレゾ化してその真価がますます高まった。

以前、このコンビによる演奏会の実況ライブをDVDで観たことがあった(1963年5月21日アン・デア・ウィーン劇場ウィーン芸術週間での公演、以前TDKからDVDが発売されていた。現在は廃盤)。体格のよい長身のクナッパーツブッシュは実に朴訥として、そこには何のてらいもなく、むしろ淡々と指揮をしているが、場面の変わり目にくると鋭い眼光で、的確な指示をオーケストラに繰り出していた。これに応えるウィーン・フィルに、彼のオーラが乗り移っていて、演奏は火の出るような凄まじい名演となっていたのを記憶している。

録音会場となったゾフィエンザールは残念ながら後年火事で燃えてしまったが、19世紀に開場してから、舞踏会場として使われた大変広いホールで、『FMレコパル』で1991年にウィーン取材をしたときに、元ウィーン・フィルの楽団長だったウィルヘルム・ヒューブナーさんから、「ゾフィエンザールは19世紀にはスケート場としてウィーンの貴族たちに使われていましたが、1950年代になって、ロンドンのレコード会社デッカが、広大なスケールのホールの音響に目を付けて録音会場に使われるようになったのです」と教えてくれたことがある。

ウィーンには、楽友協会大ホール(ムジークフェライン)があるが、あまり広くないので、1950年代の録音技術では音響が飽和しすぎてしまう傾向があり、演奏会は楽友協会大ホール、録音はゾフィエンザールでと分けて使っていたのだった。とにかく一度、聴いてみてほしい。なにしろ、凄い音の洪水であり、この効果はハイレゾになってはじめて実感できるようになったのだから。低音群の地響きのような音楽。これは単なる音楽というよりも音楽そのものの絶叫であるように思えてならない。こんなクラシック音楽はそうそう聴けるものではない。ちょっとなかなか冷静には聴いていられないほど、心躍らせる音楽なのである。

クラシックの中でも最もハードルが高い壁とされるワーグナー『ニーベルングの指輪』への初体験はひとまず終わりである。
きっかけさえつかめれば、“リング”はそんなに至難な壁ではないことがわかってくる。

 

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

 

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