高音質ハイレゾ名盤

2017年5月5日

まさに柔能く剛を制すスラバのチェロ協奏曲

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UCCG-51063-H1

弱音にこそ芯のある音楽! 音量は小さいが、遠くまで飛んでくる音だと気づかされる。
『ドボルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104』ムスチスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

古代中国の兵法書『三略』から採られた諺(ことわざ)に、『柔能(よ)く剛を制す』とある。弱い力でも強い力に勝てるというのが元の意味だが、ドボルザークのチェロ協奏曲を聴くたびに、この諺が私の頭を掠める。「チェロ協奏曲」とは、80人以上いるオーケストラに、たった一人で勝負を挑むチェロという図式の協奏曲と呼ばれるジャンルの音楽である。チェロは常にオーケストラと対等に対峙しつつ、あるときはオーケストラをリードしたりもする。

本曲の冒頭は、まさに「チェロ協奏曲」。オーケストラが序奏に続いて強奏に移り、テーマを奏した後、独奏チェロが鋒(きっさき)鋭い剣のごとくにその渦中に素早く切り込んでいく。チェロの流れは「剛」にあたり、激しいばかりの鍔(つば)ぜりあいをオーケストラ相手にしてみせる。

剣さばきがひとしきり終わるや、今度は実に繊細な旋律でチェロは高音を聴かせるようになる。ごく弱い音で伸びやかなところ、「剛」に対する「柔」の対比は、チェロという楽器のもつ多様な表現を聴衆に印象づけることになる。

本曲のチェロの独奏は、旧ソ連(現在のロシア)出身のムスチスラフ・ロストロポーヴィチ(1927-2007年)。対するはヘルベルト・フォン・カラヤン指揮するところのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。当時のベルリン・フィルといえば、ラグビーの重戦車フォワードにたとえられるような重低音を轟かせる低音楽器群を従えたことで知られていた。

私が最初にロストロポーヴィチの演奏を聴いたのは、1971年秋、NHK交響楽団の協奏曲の夕べのソロ奏者として来日した折だった。当時の旧ソ連の演奏家は、どこか恐ろしい表情で、聴衆の前で虚勢を張っているような印象を受けた。ロストロポーヴィチもその例外ではなく、舞台に登場するや、挨拶もそこそこに演奏に入った。ところが演奏に入るや、荒々しさの残る強面の表情とは裏腹に、会場に響かせる音はどれもみな、決して虚勢を張ったものではなかった。ごくごく弱い音で演奏されるところでさえも、繊細で伸びやかで、魔法のように訴えかけてくるのだった。

私は初めて、音楽の中での弱音(ピアノ)が、決して弱々しい音ではなく、音量は小さいが、芯があって、遠くまで飛んでくる音だということを知ることになった。音が軽くてニュアンスがたっぷりと感じられるのだった。

つまり、ロストロポーヴィチの弾く弱い音(ピアノ)こそ、強い音(フォルテ)を響かせるきっかけを作る大事な音であると思われる。
第2楽章(トラック2)を例にとれば、0:35からの弱音の部分、続く2:59からの強音で弾かれる部分、再び4:40からの弱音の部分、5:45からの強音部分、7:05からの弱音部分、7:19からの強音部分などといったように、独奏チェロのリードによって、オーケストラと独奏チェロとが協調しつつ音楽を紡いでいく。そして第2楽章の終わりの部分に向かって静かになっていく。続く第3楽章は、打って変わって豪壮なチェロの独奏が聴けるのである。こうした混じり気のないスムーズな弱音のつながりは、ハイレゾになって初めて明確に聴くことができるようになった部分だと思う。

ロストロポーヴィチは1974年当時の旧ソ連を脱出し、西側への亡命を果たす。後年、指揮者小澤征爾の友人として、たびたび来日を果たした。今度は、彼は好々爺として、慈愛に満ちた表情で人々に接するようになった。あの旧ソ連時代の表情とは打って変わったように。
しかし1968年9月、西ベルリンのイエス・キリスト教会で録音された本曲を聴くとき、亡命前の厳しい状況の中のロストロポーヴィチの音楽が、強面の表情ながらも、心の中では優しい慈愛に満ちた音楽への愛をもっていたように思えてならない。ロストロポーヴィチ、愛称スラバ。スラバとは、ロシア語で「光り輝く、栄光」という意味だそうだ。

 

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

 

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