高音質ハイレゾ名盤

2017年3月17日

冬の日に静かな余韻に包まれる歌がある

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恋の歌として親しまれてきた第5曲「菩提樹」を聴きながら、早くして亡くなった3人の若者に思いを馳せる。
『シューベルト:歌曲集<冬の旅>D.911』
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(歌・バリトン)、ジェラルド・ムーア(伴奏・ピアノ)

夜の明けない朝まだき、山荘の朝は早い。麓ではもうとっくに立春を過ぎたというのに雪が残り、ストーブに薪をくべる。そんな空気感を想像して、シューベルトの『冬の旅』を聴いてほしい。フランツ・シューベルト(1797-1828年・オーストリア)が31歳で亡くなる1年前に作曲した歌曲で、名曲中の名曲。中でも第5曲「菩提樹(ぼだいじゅ)」をここではご紹介しよう。

ここで3人の若者に思いを馳せてみる。ひとりはシューベルトその人。憧れの楽聖ベートーベン(1770-1827年)を病でなくし、悲嘆にくれる病気がちの青年、もうひとりは、そのシューベルトが『冬の旅』を作曲するに際して選んだ歌詞を作った詩人ヴィルヘルム・ミューラー(1794-1827年・ドイツ)、さらにもうひとりは第5曲「菩提樹」を訳詞し、最初に日本に紹介した青年、近藤朔風(さくふう・1880-1915年・日本)。3人とも30代でこの世を去っている。

近藤朔風の訳詞のおかげで、連作歌曲集「冬の旅」の第5曲「菩提樹」は、1910(明治43)年に本「女聲唱歌(じょせいしょうか)」に紹介された。朔風の訳詞を抜粋してみると次のようになる。

「泉にそひて、繁る菩提樹、慕ひ往きては、美(うま)し夢みつ、幹に彫(ゑ)りぬ、ゆかし言葉、嬉悲(うれしかなし)に、訪(と)ひし、そのかげ」

もうすでに100年以上、「菩提樹」は、若き夢多き日本の男女に恋の歌として親しまれてきた。

シューベルトの24曲からなる連作歌曲集『冬の旅』は、恋に破れ、自分をはかなんだ若者が、村を出て放浪の旅に出て、あちこち彷徨(さまよ)うという歌詞である。

中でも第5曲「菩提樹」のドイツ語の歌詞は、昔、恋人と共に安らぎのときを過ごした菩提樹に、ひとりたたずんで、昔を思い出しているという若者の気持ちを歌った切ない詩だった。その歌詞を日本語に訳詞した近藤朔風は、上にも紹介したように、ロマンチックな歌詞に仕上げている。

菩提樹とは、ドイツ語でリンデンバウムといい、「高さ30メートルにもなるシナノキの落葉高木でヨーロッパに分布し、並木に多用、葉は遠景で先がとがっている(大辞泉・小学館刊より)」。ちなみに菩提樹の写真を見てみると、葉の形は確かに先がとがっていて、ちょっとハートの形にも似ていた。

本曲は、ドイツ・リート(ドイツ歌曲)というジャンルの最高峰といわれている。ひとりの男声バリトン歌手が、ピアノ伴奏で歌うのである。ときには女声が歌うこともある。人間が楽器そのものである「歌曲」というジャンルは、オペラのような華やかな歌いっぷりを楽しむもの、レクイエム(死者のためのミサ曲)のような宗教曲などと異なり、たったひとりの歌手が声を過度に張り上げるのではなく、淡々と静かに、それでいて切々と胸に迫るように歌い上げるというものである。

本演奏は、ドイツの不世出の名バリトンといわれたディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925-2012年)が歌ったもので、昔から名盤として名高い。1971年8月にドイツ・ベルリンでアナログ録音されたものを、2011年ベルリンのエミール・ベルリナー・スタジオでハイレゾ化がなされた。

ハイレゾの聴きどころはトラック5の「菩提樹」のディースカウの透明感のある声が、0:23から聴こえ始めるまさにその瞬間と、細かな抑揚が刻々と、声の音色が微妙に変化していくことが聴き取れるところだ。また、ジェラルド・ムーア(1899-1987年)のピアノ伴奏が、声の抑揚とともに表情の変化を察知して、すぐに応じているところ。頂点は2:40あたりで、また静かになっていく。ハイレゾで聴くと、細かなニュアンスが伝わってくるように思われる。

いつもよりボリュームを少し控えめにして心静かに聴いていると良い。きっと滋味溢れるシューベルトが、あたりを静かな余韻に包むだろう。そして、3人の早くして亡くなった若者に思いを馳せ、若き日の失恋は人生にとって捨てたものでもないと、思い返してみるのも良いのではないだろうか。

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

 

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