高音質ハイレゾ名盤

2017年3月8日

孤独と甘美が同居する現代版シティ・ポップ

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86245B_H4-H1.2変容する街と変容した人の心を巧みに捉えた土岐麻子の感性が、現代の都会を描き出す。
土岐麻子『PINK』

EDMはオーディオ的にはおもしろくないと思う。一方でEDMだから成立する音楽もあるし、人間技でないビートや既成の楽器では出せない音も作れたりする。アコースティック・サウンドが精密に描かれた風景画とするなら、EDMはコンピュータがモニターに映し出したヴァーチャルな画像なのかもしれない。『PINK』を聴いて、つらつら、そんなことを考えた。この音楽を成立させるためにEDMは不可欠だが、オーディオ的良音を語るのが難しいからだ。

ただ唯一、ヴォーカルだけはデジタルが生み出したものではなく、有機的かつアナログなものだ。CDとハイレゾ音源の差は、ヴォーカルの出方が決定的に異なる。
CDに比べてハイレゾ音源の土岐麻子のヴォーカルは、より表情があり、柔らかい。前述の表現を借りるなら、CDはあくまでもモニターに映ったヴァーチャル映像で、そこにヴォーカルも埋もれてしまうイメージがある。一方、ハイレゾ音源は、バックの背景=バック・サウンドこそデジタル・フィーリングだが、土岐麻子のヴォーカルだけ、手で描いたようにミックスされて伝わってくる。ハイレゾ化によって、音の柔らかさを得たことで、ヴォーカルの手描き感が強調されたのだ。そして、それこそプロデューサーでもある土岐麻子とサウンド・プロデューサーのトオミヨウの狙ったものなのだろう。

本作は、2017年現在の、シティ・ミュージックやシティ・ポップと呼べるものだ。シティ・ミュージックは、1970年代終りから1980年代中頃まで、当時はニュー・ミュージックと呼ばれていた現在のJ-POPの有力なジャンルのひとつだった。原点は、シュガー・ベイブあたりで、山下達郎、大貫妙子、吉田美奈子、竹内まりや、松任谷由実、初期の久保田利伸など、シティ・ミュージックのミュージシャンは数多かった。

バブル期に向かって次々と建設されるビルや高速道路、増えてゆく街のイルミネーション。若者はこぞってクルマで都会を走り、爆発的に普及し始めたカセットテープをメイン・メディアとするカーオーディオを鳴らした。バブルがやって来ることも、それが崩壊して暗黒の時代が訪れることも、誰もが見通していなかった。都会はどこまでも未来風景を広げ、新しい高速道路をいつまでも走り続けられると思っていた。

そんな時代のシティ・ミュージックが、ここ1、2年、リヴァイヴァル傾向にある。バブルが終わり、東京オリンピックへ向かう街が、そういう音楽を下支えしているのかもしれない。何人かのミュージシャンは、バンド演奏を主体にシティ・ポップを生んでいるが、土岐麻子はあえてEDMを選んでいて、そこに2017年の新しさと感性がある。
作った本人も“帰りの地下鉄や夜の車に異常に似合うアルバムになったと思います。聴いていると、街に恋をするように、我ながらドキドキします”と語っている。

このアルバムが優れているのは、シティ・ミュージックをオマージュしながら、決してノスタルジックになったり、先祖返りしていないことだ。変容する街と変容した人の心を巧みに捉えているのだ。それをはっきりとさせるために、あえてEDMを選んだ。そのことによって、現代性を獲得している。

都会=シティは、人を甘美な気分にさせるが、同時に都会の孤独~群衆に囲まれながらも、どこか寂しさ、虚しさを感じさせることもある。EDMならではの練り込んで作り上げたサウンドと、さり気ないが意味の深い詞、そして土岐麻子のヴォーカルが、このアルバムに現代性をもたらしている。かつてのシティ・ミュージックが、都会へのロマン、希望だったとするなら、この音楽は都会生活者の孤独に寄り添ったものだ。だからといって暗い気分ではなく、ビルの谷間から覗く青空から受ける感銘のような心の軽さも同居させている。そこにも現代の都会を感じた。

 

(文/岩田由記夫)

東京生まれ。ピンクタンク代表取締役。音楽、オーディオ評論家、音楽プロデューサー、DJなど。6歳でエルビス・プレスリーの「ハートブレイクホテル」に影響を受ける。1970年になると講談社の記者を経て、週間プレイボーイ、FMレコパル、ミュージックライフなどに執筆。FM&AM局の制作プロデュースやDJ、そしてレコード会社の経営アドバイザーも務める。また1980年代に入るとFM東京、ラジオニッポン、NHKなどでDJとして活躍。さらにCDや映像の製作までこなす多彩ぶり。現在はbayfm「ミュージック・インシュランス」(オンエアー日/毎週日曜日、午後11時00分より)を担当。主な著書に「僕が出会った素晴らしきミュージシャンたち」「フォーク」などがある。

 

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