高音質ハイレゾ名盤

2017年2月17日

人生を通じて、ずっと聴いていきたい一曲

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切実に胸に突き刺さってくる旋律を、バッハの本質を突いたクレーメルの名演で聴く。 
『J.S.バッハ:無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調から「シャコンヌ」BWV1004-5』 バイオリン:ギドン・クレーメル

ヨハン・セバスチャン・バッハの無伴奏バイオリン・パルティータ第2番ニ短調から第5曲目にあたる「シャコンヌ」を聴く(本アルバム『無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)』ではトラック17)。今回は、少し高級といえる音楽をご紹介することになる。「パルティータ」とは、イタリア語で、本格的な教則のための組曲を指し、なかでも「シャコンヌ」とはスペインに起源をもつ踊りの曲で、低い音からだんだんと高い音へと変奏を築き上げていくような曲のことである。

高級といっても心配はご無用である。たぶん一度この味を知ってしまうと、この音楽を毎日でなくても、節目、節目で聴きたくなる不思議な気持ちになるだろう。

よくバイオリン協奏曲の演奏会に行くと、ソロを弾いたバイオリニストが聴衆の喝采にこたえて、アンコールに小曲を弾くことがある。たいていの場合、ソリストは、躍動感のある協奏曲を弾いた後で、自ら選んだ曲の多くが、このバッハの無伴奏パルティータ第2番「シャコンヌ」の一部分だったりする。著名なバイオリニストにとっては、バッハを弾くということは、とても大事な通過点のようなものかもしれない。そして、聴衆はたいていの場合、本編である協奏曲ではなく、わずかな演奏時間のバッハを聴いて、一様に押し黙り、いい曲だなあと感心したり、心が洗われる思いをもつのである。バッハが鳴り出すと、人々は沈黙し、ほかのことが耳に入らなくなるようだ。明るい曲であることはなく、いつも暗めのメロディーが胸に突き刺ささってくる。

バッハとはどうして、こんなにも切実に聴こえるのだろうか? バッハはたった1丁のバイオリンで、4つの声を出そうとした。弓でこすって音を出すバイオリンは、いくら名手が弾いても、最大で2つの弦を同時に弾くことができるだけのことだが、なぜかバッハは4つの音が聴こえてくるように、うまく、聴衆にそう思わせてしまう不思議なものをもっている。

バッハはいつも聴きたいというものでもない。ちょうど、般若心経を唱えると、その唱えている瞬間に気持ちが静まるというのにも似ているかもしれない。

人生の要所で、どうしても聴きたいという時がある。さあ、刮目(かつもく)してバッハに対峙し、聴くことにしよう。約13分間の本曲を聴き終えた後、もしかすると、あなたの人生は少し変化をみせているかもしれない。

本曲の演奏者は、現在のラトビアのリガ(当時のソ連)出身のバイオリニスト、ギドン・クレーメル(1947年〜)。彼は本曲を2度録音しているが、この演奏は、その最初のほうの1980年の6月にオランダのハーレムにあるルター教会で行った大変クオリティーの高い名録音である。録音は当時フィリップスというレーベルで行なわれている(現在フィリップスは、デッカ・レーベルに移管されている)。

発表当時、この演奏は革新的と評判になったが、現在、改めてこの演奏に耳を傾けると、現代の演奏の先取りの感じがする、実にスタイリッシュでキリリとして音が冴えをみせ引き締まり、バッハの本質を突いている演奏になっているのに気づかされた。最初は取っつきにくいかもしれないが、何度も耳にするうちに、必ずや人生を通じて、ずっと聴いていきたい一曲になっていくと思われる。

ハイレゾのポイントは、トラック17冒頭0:00からのバイオリンが奏で始め低い音と高い音とを交互に行き交うあたり、4:58からの駆け上った先で、バイオリンの音が翼を広げたように飛翔するあたり。ハイレゾで聴くと静けさの中にバイオリンの音だけが屹立(きつりつ)して、悲しみに満ちて聴こえてくるのがよくわかる。

 

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

 

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