高音質ハイレゾ名盤

2017年1月6日

故郷ボヘミアへのオマージュを正月に聴く

Theme Tag


ovcl_00180_i-2

あの“下校の音楽”の第2楽章、ボヘミア民謡風メロディーの第3楽章など聴きどころが満載!
ズデニェク・マーツァル指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団『ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」』

空気が澄み、晴れ渡った新春の街が年末の喧噪とは打って変わって、静けさを一時取り戻す清々(すがすが)しい正月に静かに耳を傾ける。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」である。正月に聴くにふさわしい音楽である。日本の方々のオーケストラも、正月はじめに行われるニューイヤー・コンサートになると、本曲を演奏することが多い。

アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904年)は、当時のオーストリア帝国(現・チェコ共和国)の作曲家である。チェコで作曲家としての成功を収めた後、1892年51歳のとき、新天地アメリカに渡り、ニューヨークのナショナル音楽院院長に就任する。本曲は、ドヴォルザーク52歳のときに、アメリカで作曲されたことから「新世界より」という副題が付けられている。初演もニューヨークのカーネギーホールで、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団で行われている。ドヴォルザークはアメリカの詩人ロングフェローの「ハイアワサの歌」というネイティブ・アメリカンのことを詠んだ英雄譚の詩に感銘を受けたそうだ。ちなみにこの詩は、今でも、アメリカの小学校では必ず教科書で学習するくらいにおなじみのアメリカの歴史文学になっている。

演奏はご当地のオーケストラ、ズデニェク・マーツァル(1936年~。2003~2007年にかけてチェコ・フィルの首席指揮者)指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団で、2004年1月から2月にかけて、チェコ共和国・プラハの芸術家の家(ドヴォルザーク・ホール)で録音された。ドヴォルザークの愛したボヘミアの柔らかく優しい香りが感じられる名演である。

時は前後するが、1997年、私がプラハに、クラシック録音の見学に行った際、こんなことがあった。首都プラハ郊外の田舎に一軒だけあった食堂で、「チキンのサワークリーム煮(チェコではチキン・パプリカーシュといい、そのルーツはハンガリー料理といわれる)」をお昼にいただいたことがある。放し飼いの鶏のもも肉を赤が鮮やかなパプリカで柔らかく煮込み、上に白いサワークリームをかけ、黄桃を添えてあった。甘い黄桃と、サワークリーム、チキンとの不思議な取り合わせは甘く酸っぱく柔らかく、これまで食べたことがないおいしい料理だった。食堂の窓の向こうには、どこまでも見渡せる麦の穂を刈り取ったばかりの田園に穏やかな陽がさしていた。

ちょうど第2楽章の冒頭は、まさに、そんな料理の味と情景のような穏やかさ伝わってくる。メロディーは、オーボエよりも低い音を担当する、より枯れた音色であるイングリッシュ・ホルン(コール・アングレとも呼ばれる)で奏される。このメロディーは、遠き昔小学校の校庭に残って遊んでいると、校内放送から下校を知らせる音楽が鳴り、友人との遊戯に去りがたい思いをしつつも、家路を急いだ、あの「下校の音楽」である。

ハイレゾの聴きどころはこの第2楽章(トラック6)の冒頭からの深々としたメロディーだけにとどまらない。第1楽章(トラック5)1:50のアフリカ系アメリカ人の霊歌を彷彿とさせる部分、第3楽章(トラック7)1:33からのボヘミア民謡風のメロディーが特におすすめである。ハイレゾを聴くと、より明確に広がり感が出て楽器間の醸し出す味わいがさらに深まる。

ところで、本曲には不思議な箇所がある。ひとつは、第4楽章(トラック8)の1:53~のところで、本曲中でたった1回だけシンバルが「シャーン」という音で登場する。オーケストラがとても静かな中で、ドヴォルザークの楽譜指定では、「少々強く、音は7拍分伸ばす」とある。さらには、9:42からの第4楽章の最後の部分である。終結部に向けてオーケストラが盛り上がっていき、和音を全奏した後に通常であればそのまま終わるのだが、本曲の場合はそうならない。さらに10:00から後の最後の最後になって、再び静かに金管楽器がファンファーレを奏で静かに消え入るのである。このふたつの部分、ドヴォルザークが、新大陸アメリカという土地で、ふと、故郷チェコ・ボヘミアの大地を思い出した音のオマージュ(賛辞)に他ならないと感じるのは深読みのしすぎだろうか?

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

e-onkyo_logo

のページへ

関連記事

UIJY75005_720×720_thmub

故J.ウェットンの超絶プレイを迫力の音で!

2017年3月1日

BRC538_JK_thmub

考え事をするのに最適なアンビエントの良音

2017年2月22日

uml00028948256709_thmub

人生を通じて、ずっと聴いていきたい一曲

2017年2月17日

SICP04155_FJ025699 %281%29_thmub

原点を貫くライヴそのままの熱いサウンド

2017年2月15日

Book

第22巻好評発売中!

隔週刊CDつきマガジン

JAZZ VOCAL COLLECTION

BUY

牧野良幸のハイレゾのすゝめ