高音質ハイレゾ名盤

2016年9月21日

時のまにまにの歌姫が新たな扉を開いた新作

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エンジニアの匠の技と、ヴィンテージマイク、井筒香奈江のヴォーカルが奇跡的に作り上げた音世界
井筒香奈江『リンデンバウムより』

ニュー・ミュージックやJ-POPの名曲を浮遊感いっぱいのヴォーカルで歌った『時のまにまに』シリーズ5作で、女性ヴォーカリスト・ファン及び、その録音の良さでオーディオ・ファンの心を掴んでいる井筒香奈江の9月14日発売、最新作。『時のまにまに』シリーズは、本人曰く、やり終えた感と区切りをつけたかったので、前作で終え、今作から新章(?)に入った。前作『時のまにまにV』は、千葉県館山市のお寺をスタジオ流用し、録音された。良音が絶賛され、アルティメイト・ハイ・クオリティ・ディスク(これまでのどのCD形態より良音と思う)、ハイレゾ音源、アナログ・ディスクが発売された。ハイレゾ音源はチャートをにぎわせた。

今作は、東京の録音シーンをリードしてきた飛行館~サウンドシティという名門スタジオでエンジニアを務めてきた、日本を代表する名エンジニアのひとり、篠田健二氏の私設スタジオ「リンデンバウム」で録音された。このスタジオは、自宅の地下に空けた20㎡程度の穴を、篠田氏自身が時間をかけて、内装、ブース、超大型モニタースピーカー、プロツールスを使わない録音システムなど、すべてひとりで作り上げた個人スタジオだ。

『時のまにまにV』の良音は、リアリティを中心に組み立てられていた。まるでヌードの井筒香奈江が、ベッドの中で耳元にささやいてくれるようなリアルさと表現したくなる。優れたオーディオで再生すると、スピーカーの間に彼女が立って歌っているイメージでもある。オーディオ・ファンの後輩が拙宅に2才児を連れてやって来た。試聴室で『時のまにまにV』を再生していると、その2才児は、誰かがどこかで歌っていると思ったのだろう。スピーカーの間をうろうろしたり、スピーカーに触れるなどして、歌っている人を捜していた。それほどに生々しい歌声だった。

この『リンデンバウムより』は、その生々しさを残しながら、ただ単にリアリティのみを追求するのでなく、オーディオ的な生々しさが追求されている。限りなく現実音に近い音とオーディオ的に良音とされる音の違いを、『時のまにまにV』と本作を聴き比べると分かる。オーディオ・エンジニアリング的には相当、高度な世界である。

選曲は、井上陽水、斉藤和義、ハイ・ファイ・セット(荒井由実)、スターダスト・レビュー、沢田研二、世良公則&ツイストなどの名曲に、映画「キリマンジャロは遠く」の主題歌で、オリジナルとは別ヴァージョンの「A Desperate Man」という構成。バックはいつもの彼女のアルバムと同様にシンプルで、ピアノ&メロディ力が藤澤由二、ベースが谷源昌という腕利きミュージシャンがふたり参加しているだけだ。これぞ、ヴォーカル・アルバムと言える最小限のバッキングだ。
沢田研二「時の過ぎゆくままに」は、スタジオにピアノがなかったため、1階のカフェにあるヤマハのアップライト・ピアノから、急きょ、制作した25mのケーブルを使って地下のスタジオに引き込み、録音された。

ハイレゾ音源は、96kHz/24bit、192kHz/32bitなどのフォーマットが発売されているが、音質は、192kHz/32bitヴァージョンが断然優れている。録音は24bitで行われたが、それをeilex HD Remasterという技術を使ってアップ・サンプリングしたもので、良質なオーディオ・システムで再生すると、ほぼマスターテープに近い音質を味わえる。

本作はメジャーのアルバムのように予算をかけて制作されたものではない。ひとりのエンジニアのすべての自作機材(CDまで自作!)、ノイマン67というヴィンテージ・マイク、井筒香奈江のヴォーカルが、奇跡的に作り上げた音世界なのだ。日本のアルバムの中では、オーディオ・ファンにとって、今年いちばんの優秀録音盤&良音盤と言えるだろう。

 

(文/岩田由記夫)
東京生まれ。ピンクタンク代表取締役。音楽、オーディオ評論家、音楽プロデューサー、DJなど。6歳でエルビス・プレスリーの「ハートブレイクホテル」に影響を受ける。1970年になると講談社の記者を経て、週間プレイボーイ、FMレコパル、ミュージックライフなどに執筆。FM&AM局の制作プロデュースやDJ、そしてレコード会社の経営アドバイザーも務める。また1980年代に入るとFM東京、ラジオニッポン、NHKなどでDJとして活躍。さらにCDや映像の製作までこなす多彩ぶり。現在はbayfm「ミュージック・インシュランス」(オンエアー日/毎週日曜日、午後11時00分より)を担当。主な著書に「僕が出会った素晴らしきミュージシャンたち」「フォーク」などがある。

 

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