高音質ハイレゾ名盤

2016年3月9日

ブレスまでリアルな自然なヴォーカル

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mani5

館山の薬王寺という空間ならではの解放感、音の広がり感が味わえる
井筒香奈江『時のまにまに Ⅴ』

井筒かなえはグループ活動後、『時のまにまに』シリーズで特にオーディオ・マニアから、その素直な録音と歌唱が評価されている。かなりのオーディオ誌でこれまで数多く優秀録音のレビューを獲得している。『時のまにまに』は基本、シンガー井筒香奈江の琴線に触れた楽曲のカヴァー集である。最新作で2015年にリリースされた『時のまにまにⅤ』もハイレゾ音源化されると、チャートの上位を占めた。収められているのは「元気を出して」「いっそセレナーデ」「ロングバージョン」「朝陽の中で微笑んで」「月に濡れたふたり」「逢いびき」「北帰行」の7曲。年代も曲調も異なるが、井筒香奈江がカヴァーするときちんとひとつの世界を形成している。「元気を出して」と「北帰行」は無伴奏の独唱である。楽器はヴァイオリンチェロの中田鉄平、ヴィヴラフォン&パーカッションの大久保貴之、エレクトリック・ベースの小川浩史の3人だけしか参加していない、完全なヴォーカル中心のアルバムだ。

インディペンデントなのであまり制作予算はかけられず、メジャーの何十分の一、あるいはシングル1枚にも及ばないレコーディング費用でメジャーのシンガー以上の音質を作り上げている。プロデューサーが長らくJBLに関わって来た堀部公史氏なのでレコーディング後の最終的な音決めは、氏所有のJBLスピーカーだという。録音は千葉県南房総は館山の薬王寺というお寺で行なわれた。よーく耳を澄ませて聴くと微かに鳥の声などが入ってきていて、それもムードに好影響を与えている。

CDも最新規格のUHQCD(Ultimate Hi Quality CD)でかなり音は良いのだが、ハイレゾ音源ではさらに自然な柔らかさとヴォーカルのリアリティーが増した。例えば無伴奏の「元気を出して」と「北帰行」はクリックを入れるとそれが再生音に混入してしまうので、ノークリックで録られた究極の自然ヴォーカルだ。このハイレゾ音源を再生すると息遣い、ブレスまでリアル過ぎて、ヘッドホンで聴くと脳内に彼女が住みついたような錯覚に陥る。この2曲をスピーカーで再生すると、よく言う「シンガーがそこに立っている状態」を上回り、井筒香奈江の体温さえ伝わってくる。CDからハイレゾ化したことによって、より切ない柔らかさのようなものが増している。

「いっそセレナーデ」は独唱とヴァイオリンチェロだけの演奏。0:39あたりのヴァイオリンチェロの艶やか弦の鳴り方は歌に寄りそうようで、大変なリアリティーがある。きちんとした演奏というより、ごく少人数で聴き、井筒香奈江が歌うとヴァイオリンチェロが自然に歌に合わせて、音を発しているイメージだ。主目的はあくまでヴォーカルなのだが、ヴァイオリンチェロが絶好の付け合せやスパイスの役割を果たしている。スタジオでなく館山の自然の中のお寺という空間で録られているので、解放感、空気への音の広がり感も強い。「ロングバージョン」ではヴィヴラフォンが使われているが、これも存在感的には、「いっそセレナーデ」のヴァイオリンチェロに近い使い方だ。ただ、ヴィヴラフォンをリミッター一杯、耳で聴いて歪む寸前まで録音していて、それが音楽全体に張りを生んでいた。唯一、惜しいのはベースがウッドでなくエレクトリック・ベースだったことくらいか。エレクトリックでもそう違和感はないのだが、ウッドベースだったら、よりこの録音の主旨に合ったと思われる。

インディペンデント・シーンでは数多いコアなファンを持つ彼女だが、ぼくはあえてメジャーを狙わない方がよいと思う。インディーズだからこれ程に自由度の高い作品作りができている。メジャーになったら、おそらくこういう自由度の高い、意表を突く良音は作りにくくなると思うからだ。

女性ヴォーカルをハイレゾで楽しんでみたい方には、いろいろ発見の多い1枚となるだろう。

 

(文/岩田由記夫)
東京生まれ。ピンクタンク代表取締役。音楽、オーディオ評論家、音楽プロデューサー、DJなど。6歳でエルビス・プレスリーの「ハートブレイクホテル」に影響を受ける。1970年になると講談社の記者を経て、週刊プレイボーイ、FMレコパル、ミュージックライフなどに執筆。FM&AM局の制作プロデュースやDJ、そしてレコード会社の経営アドバイザーも務める。また1980年代に入るとFM東京、ラジオニッポン、NHKなどでDJとして活躍。さらにCDや映像の製作までこなす多彩ぶり。現在はbayfm「ミュージック・インシュランス」(オンエアー日/毎週日曜日、午後11時00分より)を担当。主な著書に「僕が出会った素晴らしきミュージシャンたち」「フォーク」などがある。

 

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