高音質ハイレゾ名盤

2017年9月15日

モーツァルトが最後に到達した「涙の日」

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死者をとむらうというよりも、鎮魂の場に居合わせたこれからも生きる人々を励ます音楽に聴こえてくる。

モーツァルト『レクイエム ニ短調 K.626』 カール・ベーム指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 エディット・マチス(ソプラノ)、ユリア・ハマリ(メゾ・ソプラノ)、ヴィエスワフ・オフマン(テノール)、カール・リーダーブッシュ(バス)、ウィーン国立歌劇場合唱連盟

クラシック音楽をハイレゾで聴くということをしてくると、今まで発見できなかった作曲者の意図するところや演奏家たちのニュアンス、息づかいまでが眼前に広がってくる。

たしかにクラシックは、知識もあるにはこしたことはないし、敷居は少々高いかもしれないが、一度体験してみると、なかなか離れがたく、人生のどんな場面でも助けてくれる縁(よすが)となってくれる。そんな思いで、今回は、とっておきの中のまたとっておきと、筆者が思っているハイレゾ音源を紹介することにする。

モーツァルト『レクイエム(死者のためのミサ曲)』である。演奏は20世紀を代表する指揮者だったカール・ベーム(1894~1981年・オーストリア)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団である。録音はウィーン楽友協会大ホール 1971年4月アナログ録音。 2004年ハイレゾ化された。

『レクイエム』とは、ローマ・カトリック教会で行われるミサ、なかでも死者をとむらうための特別なミサ曲、『死者のためのミサ曲』を指していて、儀式の音楽。ミサのために順番も決められていて、前半の部分だけでも参考のために列記してみると

1曲目、「ローマの7つの丘にある聖堂に向かって祈る」という意味の「入祭唱」(トラック1前半)に始まり、2曲目「憐れみの賛歌」(キリエ/トラック1後半)、3曲目「続唱」(セクエンツィア)その①「怒りの日」(ディエス・イレー/トラック2)、その②「不思議なラッパ」(トゥーバ・ミルム/トラック3)、その③「みいつの大王」(レックス・トレメンデ/トラック4)、その④「思い出したまえ」(レコルダーレ/トラック5)、その⑤「呪われた者」(コンフターティス/トラック6)、その⑥「涙の日」(ラクリモーサ/トラック7)と、ラテン語の歌詞が続いていく・・・・・・。

曲は実に静かな始まりをみせる。男のバスの合唱が「レクイエム」と歌い始める。大人数の男女の合唱がひとつひとつのモーツァルトの音を味わうかのように、ゆっくりとしかし着実に歩を進めていく。その荘厳さには今更ながらに圧倒される。録音会場であるウィーンの黄金の楽友協会大ホールに響き渡る、その中に身を置いたような厳粛な気分である。

2曲目「キリエ」からは、打って変わったように戦いの音楽が始まっていくのだ。意思の強さや、確たる信念が音になってあらわれ、胸にずしんと響いてくる。もうこうなると本来の「レクイエム」、死者をいたむ音楽という意味をはるかに越えて、死者をいたむ側である我々に突きつけられたモーツァルトの強いメッセージにほかならない。

3曲目その①(トラック2)の「怒りの日」は、もう黙ってはいない。強烈さはさらに増し、絶叫に近く、聴いている者の胸をさらに突き動かす。2017年のテレビCMにも使われているので印象に残っていると思われる。妻夫木聡演じる会社員が「数字選択くじ」に当選して一喜一憂するあの宝くじのCMである。その②(トラック3)の「不思議なラッパ」は、いつもはあまり表面には出てこない金管楽器トロンボーンが重い調子で登場し、静かで安定した雰囲気を作り出す。ところが歌が入ってくると、人間のあちこちに残っている不安や迷いが歌われる。

その③(トラック4)の「みいつの大王」とその④(トラック5)「思い出したまえ」は、打って変わって天国からの天使のささやきのような綺麗な曲で、なにか心が母性に包まれ、慰められているような気持ちになる。その⑤(トラック6)「呪われた者」は、複雑なことに、激しい葛藤の音楽と、天上の音楽のような何とも清らかな音楽とが交互に登場し、人間の心の動揺と葛藤を活写してみせる。そしてその⑥(トラック7)である「涙の日」(ラクリモーサ)に突入していく。

モーツァルト(1756~1791年)は、この「涙の日」の8小節を書いたところで、ついに力尽き、天国に召されていった。享年35歳と313日。キリストの涙を表しているとされるこの音楽「涙の日」は、尋常では表わせないほど、清く、悲しく、そして深く心に突き刺さるものだ。わずか4分11秒のなかで、人間に変わって神に許しを乞うたイエス・キリストの涙のような、この上なく私利私欲のない無私の美しさで聴く者に迫ってくる。ちなみに男女の合唱団をサポートするために鍵となる楽器はバセットホルンといい、通常クラリネット奏者が演奏する。ここではウィーン・フィルの名クラリネット奏者アルフレッド・プリンツが味わい深い演奏をしている。

600もの音楽を作曲したモーツァルトが、生涯の最後に作曲した「涙の日」の最後の部分が謎めいている。モーツァルトが尊敬してやまなかったヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750年)の名前の綴り、つまり「B・A・C・H」を音符にした「シの♭」「ラ」「ド」「シ」が暗号化され、合唱の低音の部分に仕込まれているという。

この説を知ったのは合唱指導で高名な三澤洋史氏(1955年~)の講演だった。三澤氏によれば、「モーツァルトはバッハへのオマージュ(尊敬・敬意)つまり、絶筆でバッハへの尊敬と愛の限りを注いだのではないか」という説を唱えている。バッハやモーツァルトの演奏を知り尽くした三澤氏ならではの説で、とても美しい話だと思った。ちなみにヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750年)も絶筆となった作品『フーガの技法「未完のフーガ」』(1748-1749年?)で、モーツァルトの『レクイエム』と同じく「B・A・C・H」で最後に筆を置いている。まことに不思議な符合なのである。

このあとも本曲はまだまだ続く。モーツァルトの残した断片や指示を元にして、弟子のジュスマイヤーが補作し完成させたものである。その中でも、最終部分、聖体拝領唱(コムニオ)の「永遠の光」(ルックス・エテルナ/トラック12)には、1曲目「入祭唱」と2曲目「キリエ」が再び登場する。モーツァルトが、35年の命の最後に到達した音楽である。

ドイツ文学者のエーリッヒ・ケストナーは「ありのままの天国は死人にしか見えない。(人間は)なんでも知っているようにふるまう。10分の1を知るためにも(人間は)まだたくさん(死ぬ前に)知らねばならない」(エーリッヒ・ケストナー『飛ぶ教室』高橋健二訳・岩波書店)といっている。『レクイエム』とは普通『鎮魂曲』と日本語に訳される。モーツァルトの『レクイエム』は、死者を鎮魂する音楽というよりも、鎮魂する場に居合わせたこれからも生きる人々を励ます音楽に聴こえてくる。

 

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

 

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