高音質ハイレゾ名盤

2017年9月1日

初演時の騒動も有名な問題作を鬼才が振る

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テオドール・クルレンツィス『ストラヴィンスキー:春の祭典』JK

最後の一撃はまさに圧巻! ハイレゾによる刺激のシャワー。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』 テオドール・クルレンツィス指揮/ムジカエテルナ

1913年5月29日、パリ・シャンゼリゼ劇場、聴衆の中には、ドビュッシー、サン=サーンス、ラヴェルといった当時のフランスを代表する作曲家のお歴々が顔を見せるなか、騒ぎは起こった。曲が始まると、聴衆の嘲笑と怒号、野次、足踏み。聴衆は賛成派と反対派とに分かれ、会場内は騒然となった。

オーケストラにフルート奏者として参加していた名手マルセル・モイーズは、観客同士のケンカ沙汰を目撃している。しまいには、劇場主が、「みなさん、最後まで聴いてください」と聴衆に呼びかけ、興業主のディアギレフは、会場の照明を点滅させるのを命じたほどだった。有名なバレエ音楽『春の祭典』の初演のときの出来事で、演奏会史上に残る一大スキャンダルとなったのである。

バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の興行主、セルゲイ・ディアギレフ(1872~1929年)が、当時ロシアの30歳の新進作曲家であったイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971年)に、自身のバレエ団のために音楽を依頼した。内容は、キリスト教が伝わるはるか昔の古代スラブ民族の儀式を元にしたもので、ストラヴィンスキーの見た白日夢に基づいている。ピエール・モントゥーの指揮により初演された。それまでの音楽にはない、かなり複雑なリズムと不協和音とに満ちたもので、ニジンスキーによるきわめて斬新な振り付けもあり、当時かなりアヴァン・ギャルドだったパリの聴衆たちにとってさえも、『春の祭典』は賛否両論を巻き起こすほどの衝撃で迎えられたのである。

演奏は、ギリシャ・アテネ出身の若き鬼才テオドール・クルレンツィス(1972~)が指揮する、ムジカエテルナというロシアの若手オーケストラ。クルレンツィスはロシア・サンクトペデルブルクで、同音楽院指揮科の名教師イリヤ・ムーシン(1904~1999年)に師事し、30歳のときに『春の祭典』をモスクワで指揮して評判になった。30歳といえばストラヴィンスキーがこの曲を作曲したのと同じ年齢である。2017年現在、45歳。ムジカエテルナは当初シベリアのノヴォシビルスクで活動していたクルレンティスが結成した古楽器のオーケストラだ。

クルレンツィスが、モスクワから1200㎞離れたペルミにある、ペルミ国立歌劇場に移籍することになり、彼の要請でオーケストラもペルミ国立歌劇場に移ってきたという珍しい経歴をもっている。従ってムジカエテルナは、現在、ペルミ国立歌劇場の第1オーケストラでもあるわけである。

本録音は、ドイツのケルンにある「ケルン・シュトルベルガー・ストラーセ7」という録音スタジオで、2013年10月7日から9日にかけて、ソニー・ミュージックエンタテインメントの最新デジタル機材を使い、ハイレゾによる録音がなされた。

初演の際に物議をかもした『春の祭典』とは、いったいどんな音楽だろうか。『春の祭典』は、元々バレエのために作曲されただけに、場面場面で題名もつけられているので、それぞれの音楽についてわかりやすくなっている。2部構成で、演奏時間は第1部が約15分、第2部が約19分の、計約34分。

第1部「大地讃仰」は、「序奏、春のきざしと若い娘たちの踊り、誘惑の遊戯、春のロンド、競い合う部族の遊戯、賢者の行進、賢者、大地の踊り」、第2部「いけにえ」は、「序奏、乙女たちの神秘な集い、選ばれた者の讃美、祖先の霊への呼びかけ、祖先の儀式、いけにえの踊り/選ばれた乙女」と名前がつけられている。

冒頭トラック1「序奏」は木管楽器のファゴットが、ファゴットとしては非常に高音でソロを吹き始める。このメロディーは古代スラブのリトアニアの民謡からとられているそうだ。今度は、事件を予感させるかのように低音を担当する木管楽器バス・クラリネットが鳴りだしたかと思うと、金管楽器トランペットがさらに緊張感を誘う。まるで宇宙空間を浮遊しているような不思議な感覚に捕らわれる。

トラック2「春のきざしと若い娘たちの踊り」は、打って変わって、全弦楽器群が同じ短い音を連打し始める。これも十分に衝撃的だが、予期しないアクセントが現れる。この不意打ちをくらうようなところは、まさに衝撃的で、体じゅうにずっしりと突き刺さってくるかのようだ。

第1部のクライマックスはトラック7「賢者」から、不気味なコントラバスのソロ、そしてトラック8の「大地の踊り」でやってくる。ドラが一閃、金管楽器が咆哮するなか、弦楽器は、細かな音でクライマックスに向かって長い長いクレッシェンド(だんだんと大きくなっていく)をひたすら繰り返す。それはすさまじいばかりの「熱」であり、聴き手を興奮の渦へと引き込む。

第2部はさらに刺激を増してくる。トラック11「いけにえ~選ばれた者の讃美」、全弦楽器とティンパニが4台、さらに大太鼓とが、ドンドンと都合11回連打される。リズムはことごとく変化を遂げていき、予期しないリズムが次々と現れてくるため、聴き手は、今、どこに立っているのかが、皆目見当もつかない。まるで「原始の時代」にでも引き戻されたかのような不思議な感覚にとらわれる。

トラック13「祖先の儀式」では、普段はあまり使われることのないアルト・フルートという、フルートの兄貴分のような楽器が延々とソロをとり、神秘に包まれた音が聴ける。満を持してトラック14「いけにえの踊り/選ばれた乙女」が始まる。激しく咆哮するホルン、かと思うと、静かなアルト・フルート、太鼓がリズムを刻む、バス・クラリネットのきっかけとともに、踊りはクライマックスを迎える。さらに今度は、ティンパニが打ち鳴らされるのをきっかけに、コントラバスが不気味なリズムを刻みだし、それを待っていたかのように、全楽器が打ち放たれ絶叫する。訪れる一瞬の静寂、そして最後の最後に一撃。まさに圧巻!

『春の祭典』の作曲をストラヴィンスキーに依頼した興行師のディアギレフは、クルレンティスが音楽監督をしているペルミ国立歌劇場のあるペルミの出身。ギリシャの指揮者、ロシアの若きオーケストラという一見変わった演奏にみえるかもしれない。しかし、今、『春の祭典』を聴くには、一番の刺激的な演奏といってよいと思う。

オーケストラの中で使われているいろいろな楽器、たとえばバス・クラリネットやアルト・フルートのほかにもコントラ・ファゴットやバス・トランペットといった通常ではなかなか登場しない楽器や、4台のティンパニ、アンティーク・シンバル、タムタム(ドラ)、ギロ(カリブ海発祥のこすって音を出す)といった打楽器群も、それぞれが明瞭に聴こえてくるさまは、ハイレゾならでは。

オーディオ・ルームを閉めきっていつもより大音量で、あるいは、ヘッドホンでいつもより大音量で『春の祭典』を聴く。原始の野獣的な快感が全身にみなぎってくる。初演のときに刺激的だった『春の祭典』、それを今一番、刺激的なクルレンティスの演奏で聴く。ハイレゾによる刺激のシャワーを浴びてみてはいかがだろうか?

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

 

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