高音質ハイレゾ名盤

2017年8月18日

多くの映画監督たちを魅了した名曲『ボレロ』

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民族音楽やクラブ・ミュージックにも似た、どこまでも続く酩酊感を楽しみたい。
ラヴェル『ボレロ』
レナード・スラットキン指揮/フランス国立リヨン管弦楽団 

今回は、クラシック音楽のなかで、人気曲を5曲挙げるとすれば必ずその中に含まれるといってもよい名曲『ボレロ』をご紹介しよう。『ボレロ』は、フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937年)が1928年53歳のとき、バレエのために作曲した曲である。

壇上に居並ぶ100人規模のオーケストラ。その様相は、いつもとは一風変わっている。いつもは、顎(あご)に楽器をはさんで演奏するバイオリン奏者たちは、弓と楽器を膝の上に置き、弦を弓で弾かずに、ギターをつま弾くように指で弾く。
また、いつもは、はるか奥に位置する小太鼓(スネアー・ドラム)が、指揮者の真ん前である壇上中央に位置し、緊張気味に指示を待ち構える。指揮者が、ごく小さくタクトを振り始めると、小太鼓奏者は静かに、しかし着実に同じリズムを刻み始める。フルートも、静かにメロディーを始める。奏する楽器は次々に変化していく。

本演奏に基づいて、奏する楽器を聴いていくことにしよう。フルートの次はクラリネット、ファゴット、オーボエというように木管楽器がソロをとっていく。さらに、トランペット、テナー・サックス、ホルン、チェレスタ、そして、ようやく通常の顎で構える態勢をとったバイオリン群……奏される楽器が次々と変化していくと、同じメロディーなのに音色は楽器ごとに異なり、絶妙に変化を遂げていく。

さらには、幾つもの楽器が同時に奏されるようになり、音楽が厚みを増したように聴こえてくる。たとえば、フルートとともに、ピッコロ、オーボエ、イングリッシュ・ホルン、クラリネット、テナー・サックスが同時に重なって聴こえると、音色がまるでまったく聴いたこのない新しい楽器のように聴こえてくるから不思議だ。

といっても、メロディーは最初に奏せられたわずか2つだけ。それが延々と続いている。この間、陰の主役ともいえる小太鼓は、ひたすら同じリズムを刻み続ける。その数、なんと合計169回。弦楽器の中で中域を受け持つビオラ群も、小太鼓と同じリズムを弦をつま弾くことでサポートする。これも陰の主役なのかもしれない。

演奏所要時間15分18秒にわたり、わずか2つのメロディーは、絶えることなく延々と続いていく。聴いている側はこれだけ何度も同じメロディーなので、なんだか覚えてしまう。音楽はだんだんと、確実に、クレッシェンド(だんだん大きくなる)を重ねていくが、クライマックスはやがて、突然やってくる。音楽から、音符が、ほとばしるように散り、そして終わる。

ハイレゾの聴きどころは、なんといっても最初の5分のごく小さい音を聴くという緊張感と、後半の最後の5分、今度はフル・オーケストラで奏される迫力の緊張感である。

『ボレロ』を演奏するのは、ラヴェルといえば、本場フランスのオーケストラであるフランス国立リヨン管弦楽団である。このオーケストラの特徴は、木管楽器の音色がとても透明で、混じりけのないこと。そして、ごくごく小さなピアニシモから、どんどんとクレッシェンドしていっても、音が崩れず、広がりをみせながら、大きくなっていくこと。これがハイレゾで聴くことで、より確かなものになる。
指揮をするのは、アメリカのレナード・スラットキン(1944年~)。職人肌といった様子でてきぱきと、実に小気味よくオーケストラをリードしていく。

本『ボレロ』は、レコード・レーベル「ナクソス」のアルバム『ラヴェル管弦楽作品集 第1集』のトラック10に収録されている。2011年9月2日 フランス・リヨン・オーディトリウムでの録音。

これをカナダの高音質オーディオ・レーベル2xHD社が、ハイレゾ用に高音質で入念なリマスタリングを施したバージョン『Ravel:Orchestral Works,Vol.1』もあり、その、ごく弱い音から強い音へのダイナミックレンジの広さは抜群である。

『ボレロ』に魅せられた映画監督も多い。
たとえば、黒澤明は『羅生門』(1950年・日本)の決闘シーンに、音楽を担当した作曲家の早坂文雄に「ボレロ風の音楽を書いて欲しい」と依頼している。盗賊・多襄丸(三船敏郎)と武士・金沢武弘(森雅之)が、妖艶で美しい妻・真砂(京マチ子)をめぐって、藪の中で決闘する緊迫のシーン。そのバックに延々と流れている音楽は、まさに、『ボレロ』そっくりの、太鼓と笛による音楽である。黒澤は後に「その陶酔感が欲しかった」と語ったことがある。

またフランスのクロード・ルルーシュ監督の『愛と哀しみのボレロ』(1981年)。ラスト15分に、世界的な踊りの名手ジョルジュ・ドンが、モーリス・ベジャールの振り付けによって、パリのエッフェル塔の前にあるトロカデロ広場で『ボレロ』を踊るシーンが見事だ。『ボレロ』という音楽と躍動する人間の肉体とが一体となり、まさに映画のクライマックスを彩る。

『テン』(1979年・アメリカ)監督・ブレイク・エドワーズは、艶笑喜劇の中で、男女のベッドシーンにこの『ボレロ』を使っている。単に男女の性の営みというだけにとどまらず、人間の浅はかさを皮肉まじりにとらえ、ばかばかしいほどの悲喜劇として見つめている。『ボレロ』は男女間のセックスにももってこいの音楽とさえいえるのである。

『ボレロ』は、このようにいろいろな場面によく合う音楽として多く映画に使われてきた。あるときは、人間同士の緊迫感を、性の営みを、そしてあるときは、人間同士の数奇な運命の変遷にも、実によく合うのが『ボレロ』という曲なのである。

ところでラヴェルの『ボレロ』とは、どこまでも同じメロディーが続いていくところは、アフリカに古くから伝わる民族の踊りの音楽にも似ているように聴こえるし、現代のシンセサイザーを多用したテクノ音楽(クラブ・ミュージック)にも似ている。もしかすると『ボレロ』こそ、現代音楽の出発点だったのかもしれない。つまりひたすら同じメロディーを繰り返すことでのどこまでも続く酩酊感を楽しむ音楽なのではないだろうか? とにかく一度わくわくする気持ちを十二分に身体で楽しみながら、『ボレロ』で元気になって欲しいと思うのである。 

 

(文/野村和寿)

雑誌編集者を長くつとめ、現在は校閲者。1975年にカール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演のブラームス交響曲第1番の最終楽章で、鳥肌が立ち、帰り道をさまよった経験を持つ。爾来、クラシックを生涯の友として過ごしてきた。編集者時代、クラシック以外のロックやジャズといったジャンルのアーティストと交流を深めるうちに、クラシックと、楽しさにおいて何も変わらないことに確信を持つ。以来、ジャンルを取り払って、SP盤からハイレゾまで、未知なる音の発見の喜びを日々捜している。また無類の古いカメラ好きでもあり、特にドイツの光学製品に魅せられ、ライカとそのレンズの蒐集に執念を燃やしている。

 

 

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