高音質ハイレゾ名盤

2017年8月9日

ジャズの影響を受けた洗練されたサウンド

Theme Tag


 7538370_2007-mlib_1500x1500_300dpi_RGB_100Q

精神的にどん底の時期ながら音楽的に最高のパワーを発揮した’75年のソロ作
ポール・サイモン『時の流れに』

2012年のライヴを収録したCD+DVD『ザ・コンサート・イン・ハイド・パーク』を7月に発表したばかりのポール・サイモン。2016年のスタジオ・アルバム『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』をサイモン&ガーファンクル以来の盟友ロイ・ハリーを共同プロデューサーに招いて発表以降、音楽シーンから退くという噂も流れた。この10月で76歳になる身としては現役を続けるのはしんどいだろうが、まだまだその想像力を聴き続けたいというファンは多いと思う。「サウンド・オブ・サイレンス」の歌詞ひとつ取ってもわかるのだが、詩人、クリエイターとしての才能は、ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、ブライアン・ウィルソンなどと同格の歴史に残るものだ。

『時の流れに』は1975年秋に発表されたソロ・アルバムで、ロック・コレクションには不可欠とローリング・ストーン誌などに称えられた名盤。しかし、その制作は例えばセカンド・アルバム『ひとりごと』のように幸せの絶頂で生み出されたとは言い難かった。『時の流れに』という邦題からは伝わりにくいが、原題の“Still crazy after all these years”だと、ポール・サイモンの皮肉が伝わってくる。

ポール・サイモンは、サイモン&ガーファンクル解散の前年、1969年9月に最初の妻ペギーと結婚した。ソロになろうかと迷っていた彼をペギーは後押しし、励ました。ソロになって成功し、1972年9月には息子ハーパーが誕生した。絶好調かと思われたふたりの仲だったが、ソロで成功したことにより、ツアーなど仕事が増え、家事分担などを五分五分にと主張するペギーとの間にすきま風が吹き始める。やがてその仲は修復不能となり、ポール・サイモンはひとりで家を出て、マンハッタンのホテルに移り、結婚生活は終わりを告げた。
そんな辛い状況の中でもニュー・アルバムの制作は進められ、アルバムは内容的にポール・サイモンの沈鬱な心情を反映したものとなった。自身もアルバム発表後のインタビューで“結婚生活の最後の時期のことを書いている”と語っていた。原題にはそういった想いが込められているのだろう。

このアルバムの特徴は、それ以前のアルバムと比べるとジャジィ~ジャズの影響を受けたニューヨークらしいサウンドだろう。このアルバムのためにニューヨークのジャズ・プレイヤーで作曲家でもあるチャック・イズラエルズに音楽理論やオーケストレーションを学んだ。もうベテランと呼べるキャリアがあるにもかかわらず、ブロードウェイの有名なヴォイス・トレーナー、デヴィッド・ソーリン・コリヤーから新人のようなヴォイス・トレーニングを受け、歌唱法の幅も広げた。人には絶好調の時に最大限の力を発揮するだけでなく、精神的にどん底の時にも力を発揮する能力がある。精神的には最悪の状態だったポール・サイモンだが、音楽的能力は最高のパワーを発揮したのが本作なのだ。

プロデューサーはポール・サイモンとフィル・ラモーン。フィル・ラモーンはフィービー・スノウ、シカゴ、ビリー・ジョエルなどを手掛けた名プロデューサーで、サイモン&ガーファンクル時代からの知己であった。エンジニア出身なので録音もフィル・ラモーンが担当した。

聴いて頂きたいのは、シングル・ヒットになった「恋人と別れる50の方法」のスティーヴ・ガッドのドラムス。CDで聴くより、ハイレゾ音源の方がアタック感、音場感、残響感がより表現できている。スティーヴ・ガッドがウォーミング・アップのためにこのマーチング・バンド風のドラムを叩いている時に、スタジオに入って来たポール・サイモンは一瞬にしてこの曲のイメージが湧いたという。アルバム中、最後に書かれた曲だ。全体的にアルバムは1970年代の洗練されたニューヨーク録音を聴ける。ハイレゾ音源は、CDよりも柔らかく暖かくこのサウンドを届けてくれた。

 

 

(文/岩田由記夫)

東京生まれ。ピンクタンク代表取締役。音楽、オーディオ評論家、音楽プロデューサー、DJなど。6歳でエルビス・プレスリーの「ハートブレイクホテル」に影響を受ける。1970年になると講談社の記者を経て、週間プレイボーイ、FMレコパル、ミュージックライフなどに執筆。FM&AM局の制作プロデュースやDJ、そしてレコード会社の経営アドバイザーも務める。また1980年代に入るとFM東京、ラジオニッポン、NHKなどでDJとして活躍。さらにCDや映像の製作までこなす多彩ぶり。現在はbayfm「ミュージック・インシュランス」(オンエアー日/毎週日曜日、午後11時00分より)を担当。主な著書に「僕が出会った素晴らしきミュージシャンたち」「フォーク」などがある。

 

e-onkyo_logo

のページへ

mora_logo

のページへ

 

関連記事

8572887f_thmub

多くの映画監督たちを魅了した名曲『ボレロ』

2017年8月18日

Fleet Foxes - Crack-Up_thumb

ドラマーの脱退などを経た6年ぶりの3作目

2017年8月16日

uml92254_thmub

ぴりっと辛いマーラーの「復活」を聴く!

2017年8月4日

95188_AW-fix-0625shusei-out

「ルビーの指環」含む空前のヒットアルバム

2017年8月2日

Book

第34巻好評発売中!

隔週刊CDつきマガジン

JAZZ VOCAL COLLECTION

BUY

牧野良幸のハイレゾのすゝめ