インタビュー

2017年8月31日

「ネット上のコミュニケーションを全く知らない時代だったら、生まれ得ない発想からの楽曲は、確実にあるよ」

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クラシック・ミュージックの名門のレーベル、ドイツ・グラモフォンから2017年にメジャー・デビューするやいなや、シンプルなソロ・ピアノであるにもかかわらず、世界的にその音楽が評判になっているユップ・ベヴィン。プロモーション来日した彼にインタビューする機会を得た。オランダ人の身体の大きさは広く知られているが、ユップ・ベヴィンはとりわけ大きく、身長2メートルは完全に超え、しかもガッチリした筋肉豊富な巨体。ハード・ロックのドラマー、いや、サッカーのゴールキーパーのような身体で、そして見事にフルな髭が顔下半分を覆っている。噂には聞いていたが、この風貌から、どうしてあんなに優しく、繊細なピアノのメロディーが生まれるのだろうか? 皆がしてそうでしてないその質問から、つい始めてしまった。

 

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ユップ・ベヴィン(以下JBと略):(笑いながら)僕の顔や身体が繊細ではないってことかな? どこに行っても、そう聞かれるよ。でも、鍵盤に触れる指は、結構繊細なんだよ。

──そのピアノなんですが、お祖母さんの使ってらしたピアノをそのまま使っている、というのは本当ですか? ピアノには何か名前を付けているんですか?

JB:(苦笑して)いや、名前はつけてないけどね。君は、ロック・ギタリストがよく愛用のギターに名前をつけてるから、その意味で質問したんだろ? その意味は理解できるよ。確かに、祖母のピアノだから言うわけじゃないけど、僕と血のつながりのように密接につながっている気がする。今、自宅のキッチンにピアノを置いているんだけど、祖母の家にある時は、ピアノを眺めてもそこまで感じなかったんだけど、自分がキッチンに運んできたら、長年語り合ってる家族とか友人のような気持ちに襲われたよ。名前こそつけていないけど、毎日、ピアノにちょっと挨拶してじっとしていると曲が浮かんでくるんだ。

──ミニマル・ミュージックの先達エリック・サティが“家具のような音楽”と言われましたが、まさに家具から音楽が生まれるような日常ですね。

JB:そういう面もあるね。でも、家具というより、人間だったり生体だったり、という感覚に近いね。

──ピアノとの出遭いは運命的なもの?

JB:そこまでドラマチックではないけど、身近にピアノがあったから、ごく当たり前のこととしてピアノの勉強を始め、最初はクラシックばかり弾いていた。音楽院に進んで更に勉強しようと思ったんだけど、手首を怪我して、クラシック・ピアノの勉強を続けることができなくなり、それから自分なりのプレイを練習し始めたんだ。自分の感性を表現するのに、一番向いている楽器だと確信したのは、その時だね。

──クラシック以外の音楽には関心がなかったのですか?

JB:いや、普通のティーンエイジャーと同じように興味があって、14歳の時、最初のロック・バンドを結成したよ。その後、ジャズ=ロックバンドに参加して、しばらくバンドのキーボード奏者として活動したんだ。オランダで人気のあるスキャリマティック・オーケストラというニュージャズのグループさ。でも、それはまるで自分ではないというか、自分らしくないプレイをしていて、それに気づいて、現在のように、自分のピアノのみで作っていく音楽を始めた。そのスキャリマティック・オーケストラがフェスティバルに出演するのでイタリアやフランスをツアーしている時、カンヌのホテルのラウンジにグランドピアノがあって、つい弾きたくなって自分の曲を演奏したんだ。すると、ラウンジに居た人たちが涙して聴いてくれてね……これが大きな転機になった。グループを離れて、自分のソロ・ピアノだけでアルバムを作ってみたいと思い、最初の『Solipsism』を自分で録音したんだ。自費出版で、アートワークも質素だったから、メジャーのレコード会社には見向きもされなかったけど、ネット配信で探して聴いてくれる人が多かった。アムステルダム周辺のユーザー(リスナー)だけでなく、ニューヨークのユーザーにもなぜかウケたのを後で聞いたけど……多分、孤独や孤立を見つめた感情を元にした曲が多くて、それがアピールしたんだろうね。

 

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──そのネット上での評判がディスクの人気に反映して、あなたの『Solipsism』は、オランダのアルバム・チャートで1位に踊り出たんですよね?

JB:うん。たったの1週だったけどね(笑)。でも、正直に、自信を持ったよ。TVの人気音楽番組にも、いろんなライヴ・ショーにもよばれるようになったし……。一番驚いたのは、グラモフォン・レコードのエグゼクティブのクリスチャン・バズーラからメールが来たことだ。彼は『Solipsism』の曲をよく聴いていて、その後、ネットで連絡を取り合い、新しい曲をモニターしてもらったりしながらコミュニケーションを深めたんだ。それが今回のメジャー盤『Prehension(プリヘンション)』のリリースにつながったんだ。

──バズーラ氏とのネット上での遭遇は、まさに現代ならではの事件と言えると思うのですが、それが新作の中の曲の楽想に影響したということはありますか? 例えば、「風を運んだ人」とか「すべての終わりは新たな始まり」といった新曲では?

JB:確かに、メールやスカイプでの会話で、実際の顔をよく知らない人とのコミュニケーションからひらめいた部分はあるね。ただ、逆に、そうした新しい知人とのやり取りから、古い友人とのつき合いの記憶とか、忘れていた風景を思い出したり、といった作用も生まれた。ネット上のコミュニケーションを全く知らない時代だったら、生まれ得ない発想からの楽曲は、確実にあるよ。

──現在のネットワークでは、音だけでなく、映像動画も配信されています。1980年代の初めにPV(プロモーション・ビデオ)の存在が高まって以来、あまりにその刺激が強くて、それが優先されるあまり、音だけの楽曲から様々な事象を想像していく……といったイマジネーションの能力が、人々の中から衰退していっている、とは考えませんか? 例えば、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」や「今夜はビート・イット」のPVがあまりに画期的で、「ジ・アース・ソング」での素晴らしいゴスペル・シンガーでもあったというようなことはほとんど無視されている……彼を、シンガーではなくダンサーだと思いこんでいる人も多い。あなたの曲をディスクだけで聴くと、とてもイマジナティブだから、こんなことを聞くんですが。

JB:うん。その通りだと思う。ただ、アクション・ピクチャー(動画)を好む時期というのは、どんな人にでもあるだろう? 少年の頃に、一時、テレビや映画の映像に夢中になるのは、現代人の成長過程では自然なことだよ。それによって、若い世代も年長の世代も、変わりなく、僕の音楽に興味を持ってくれればいい、と思っている。僕が、こうなる前に、主にCM音楽を作っていた経験もあるからかも知れないけど。

──その映像や動画でマーケティングし、そのデータを基に音楽を作り、音楽を操作してしまうことも、現代では多いですが。

JB:そういう制作法があってもいいと思う。僕は、CM音楽の経験から、少し楽観的すぎるかもしれないけど。もう止められないプロモーション・ツールなら、それを上手く使う方が大切で、その存在自体を否定しない。

──最後に。僕は、ポップ・ミュージックの愛好者で、普段、ドラムスやほかのリズム楽器、オーケストレーションのいろいろな要素で成り立つ音楽を聴くのが常です。ピアノ一台だけが鳴っているアルバムを聴くのは、もう40年近く前のキース・ジャレットの作品以来です。それほど、あなたのソロ・ピアノだけの音楽は魅力があると思っているのですが、この手法をこれからも続けていきますか? そして、録音技術や手法には敏感ですか?

JB:先ず、録音に関しては敏感だ。僕の作品の録音は、キッチンであれ、スタジオであれ、ホールでのライブ・パフォーマンスと変わりないからね。エンジニアには、随分苦労をかけたと思う。グラモフォンと契約して、新しいエンジニアのGijs van Klooster(ハイシ・バン・クルースター)と知り合い、彼が6本のマイクを駆使して音を録り、テープ・コンプレッションという技術を使ってミキシングしてくれた。彼とのコミュニケーションがなければ、『プリヘンション』はここまでの出来ではなかったね。そのハイシと話しながら、次作では、エレクトロとか弦楽器も使った新しい試みをやろうか、と考えてもいる。僕のピアノは変わらないけどね。

 

ユップ・べヴィン『プリヘンション』

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(文/大伴良則)

1948年12月生まれ。兵庫県出身。1972年、『宝島』(宝島社)、『ミュージック・ライフ』(新興楽譜出版)などで執筆を始め、1974年からは『FMレコパル』『サウンドレコパル』(小学館)で執筆を行なう。1975年から書かれてきたライナーノーツは、LPも含めると、3000枚は優に越える。その一方で『クロスオーバーイレヴン』(NHK-FM)など、FMラジオの構成作家としても活躍。ホームページ『音楽のまんよう』で音楽エッセイを連載中。執筆したライナーノーツの一覧も参照できる。

 

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